なぜどこの国もいま月を目指すのか?加速する各国の月探査競争で日本は…【2026】

50年越しの”再リターン”が、今度はガチな争奪戦に様変わり

人類が最後に月面を歩いたのは1972年。アポロ17号の宇宙飛行士ハリソン・シュミットが月の砂を踏みしめてから、もう半世紀以上が過ぎた。

なのに今、世界中の国と企業が、まるで申し合わせたかのように月へ向けてロケットを向けている。アメリカ、中国、インド、日本、欧州……。国家機関だけじゃない。スペースX、ブルーオリジン、日本のispace、中国のLandSpaceまで民間企業も参戦だ。

これは技術の誇示と国威発揚の道具でしかなかったかつての宇宙開発とは性質が異なる。純粋に、「月がビジネスになる」時代が来たということだ。


月に眠る”21世紀のゴールドラッシュ”

まず、なぜ月なのか。答えはシンプルで、月にはカネになるものが大量に眠っているからだ。

NASAのジェット推進研究所(JPL)の試算では、月には数千億ドル相当の価値がある資源が眠っているとされる。具体的には3種類。

水(氷)。月の南極のクレーターは永久影に覆われており、そこに大量の水氷が存在すると考えられている。水を電気分解すれば水素と酸素になる。つまりロケット燃料だ。地球から燃料を運ぶコストを考えると、月で補給できるだけで宇宙探査の経済性が根本から変わる。

人類や探査機が月面から他の地へ出発するというSFのようなことが本気で考えられていて、現実味を伴ってきているのだ。

レアアース。スマホや電気自動車に欠かせないランタノイドや希土類金属が月面には豊富に存在するとされる。しかも、これらの資源は現在ほぼ中国が世界の生産を支配している。アメリカが月に執着する理由の一つが、ここにある。

ヘリウム3。これが最もロマンがある資源だ。最も収益性の高い資源はヘリウム3だと考えられており、核融合に利用できる可能性がある。地球上にはほとんど存在しないが、月面には数十億年かけて太陽風が降り注いだ結果、レゴリスにヘリウム3が大量に蓄積されてきた。月面には100万トンのヘリウム3が蓄積していると推定されており、世界の現在のエネルギー需要を200年以上満たせる量という試算もある。1トンあたり約50億ドルの価値。計算してみると、頭がおかしくなる数字だ。

もちろん、採掘して地球に持ち帰る技術はまだない。核融合炉の実用化も数十年先の話だ。だが「いつかそうなる」と信じる者たちが、今から陣地を取りに行っている。まるで19世紀のカリフォルニアゴールドラッシュと同じ論理だ。

月面の法的規制については「まるで西部開拓時代のような状態」であり、早く到達した者が他者よりも先に資源を「獲得」しようとする「悪しきインセンティブ」が生まれているという指摘もある。法律より先に、人が着いてしまいそうな勢いだ。

アメリカ陣営:NASAとビッグテックの共闘

アメリカの月計画の中心はアルテミス計画だ。

NASAが主導するこの計画は、月面での持続的な駐留を確立し、民間企業が月面経済を構築するための基盤を築き、最終的には人類を火星に送るという長期的目標に向けた次のステップとして位置付けられている。

↑ アルテミス計画で使用される大型ロケットSLSの打ち上げシーン。(2022年無人での月面周回ミッション時)

スケジュールはこうだ。アルテミス2号は2026年2月から4月頃に有人で月を周回し、有人月面着陸ミッションを行うアルテミス3号は2027年半ば頃から2028年までの打ち上げを予定している。その後は月周回有人拠点「ゲートウェイ」を建設し、2030年代初頭までに月面基地「アルテミス・ベースキャンプ」の形を作ることが期待されている。

この計画で主役を張るのがスペースXだ。NASAはアルテミス3号とアルテミス4号の月着陸船の開発・運用にスペースXを選定している。スターシップが宇宙飛行士を月面に降ろすわけだ。Starshipの成功は、月面開発の経済性を根本的に変える可能性がある。従来のロケットと比較して、再使用性と大容量ペイロード輸送能力により、月への輸送コストを劇的に削減できるとされている。

もう一方の雄がブルーオリジン。ジェフ・ベゾス肝いりのこの企業はアルテミス5号の月着陸船の開発についてNASAと契約しており、Blue Moonランダーで月の南極を目指す計画を進めている。

↑ 第1回目の打ち上げで第1段再利用に成功したBlueOriginの大型ロケット New Glenn

さらにNASAはCLPS(商業月面ペイロードサービス)プログラムで民間企業に月面への荷物配送を委託している。2026年は4社が月面着陸に挑戦する計画で、宇宙輸送のウーバー化が急加速している。

アメリカのアプローチは明快だ。政府がロードマップを描き、民間の競争力を最大限活用する。スペースXとブルーオリジンが競い合うことで、コストが下がり、技術が速く進化する。冷戦時代の「国威発揚」ではなく、2020年代型の「官民共創」による宇宙開発だ。

中国:国策と民間の二本柱で驀進中

一方で最も存在感を高めているのが中国だ。

国家主導の嫦娥計画はすでに着々と実績を積んでいる。2020年11月に「嫦娥5号」が打ち上げられ、中国初のサンプルリターンに成功。さらに嫦娥6号は2024年5月に打ち上げられ、世界初の月の裏側からのサンプルリターンに成功した。裏側ですよ、裏側。他の国がまだたどり着けていない場所に、すでに旗を立てている。

中国の長期ロードマップは3フェーズに分かれる。月面基地建設とサンプルリターンを目指し、2030年代に月の南極に基地を建設する予定だ。2030年代前半には中国とロシアが共同で月面に宇宙飛行士を送ることも計画されている。

さらに中国はILRS(国際月面研究ステーション)という独自の国際連合も構築中だ。ロシアやパキスタン、タイなどと協力関係を築いており、NASAが主導するアルテミス計画とは異なる、もう一つの月面開発の枠組みを構築しようとしている。つまり宇宙にも「西側陣営」と「それ以外」の地政学が持ち込まれているのだ。

直近では再利用を目標にして開発されている超大型ロケット、長征10号の初飛行が成功し、完全な回収までは漕ぎ着けなかったが、回収ポイント近傍への着水にも成功している。打ち上げペースをさらに加速させたい狙いだ。

民間企業の台頭も著しい。2025年は中国の宇宙セクターにとって最も忙しい年となり、93回の打ち上げが行われ、2種類の再使用ロケットがデビューした。

LandSpace(藍箭航天)は2025年12月にメタン・液体酸素エンジンを使う朱雀3号の初飛行を実施し、軌道投入に成功した。第1段の回収は惜しくも失敗したが、スペースXが歩んだ道をなぞるように進化を続けている。

(中国)iSpace(星際栄耀)は2025年8月に中国初のロケット回収船「Interstellar Return」を進水させ、2026年2月には約5,037億円(約730億円)という中国の民間宇宙企業史上最大の資金調達ラウンドを完了した。スペースXのファルコン9に対抗する「双曲線3号」を開発中で、2030年までに年間25回打ち上げを目指している。

現在、LandSpace、iSpace、CAS Space、Galaxy Power、Space Pioneerなど少なくとも10社の商業宇宙企業がIPOプロセスを開始している。中国の宇宙産業がシリコンバレー型のスタートアップエコシステムに進化しつつある証拠だ。

南極の争奪戦が始まっている

全プレイヤーが共通して狙っているのが月の南極だ。なぜか。

月の南極は水氷の存在が期待される貴重な場所であり、将来の月面基地建設に不可欠な資源だ。水は分解すれば水素と酸素になり、ロケット燃料として利用できるため、深宇宙ミッションのコスト削減に直結する。

アメリカのアルテミス計画も、中国のILRS計画も、どちらも月の南極を拠点に指定している。同じ場所に2国が基地を建てようとしているわけだ。

インドは2023年に世界で初めて月南極への着陸に成功した。2024年には日本のSLIMが「ピンポイント着陸」技術を実証した。各国が南極への技術的な橋頭堡を確立しようと、ここ数年で一気に動きが加速している。

日本も無関係じゃない!

日本は意外なほど深いところで関わっている。

JAXAはアルテミス合意の最初の8か国の一つとして署名し、月周回有人拠点「ゲートウェイ」の居住モジュール建設に貢献する。さらに、日本人宇宙飛行士が月面着陸に参加することをNASA長官が表明している。トヨタとJAXAは宇宙服なしで乗れる有人月面探査車「ルナクルーザー」を開発中で、これが将来の月面移動の主力になる可能性がある。

民間では(日本)ispace(アイスペース)が注目株だ。2025年1月にミッション2のランダーを打ち上げ、2026年にはミッション3、2027年にはミッション4の打ち上げを予定している。月面へのデリバリーサービスを商業展開するという、実にユニークな立ち位置だ。宇宙の運送屋さん、とでも言えばいいか。

これは冷戦?…それとも「新フロンティアの夜明け」か

正直、どちらの側面もある。

国家間の競争という側面では、2026年に展開されるミッションは、宇宙開発が国家主導から民間主導へと本格的に移行したことを象徴している。NASAのアルテミス計画と中国・ILRSという二大陣営が、月の南極の同じ場所を目指している事実は、宇宙での国際政治の複雑さを映し出している。

一方で、宇宙開発のコストが劇的に下がっていることも事実だ。スペースXが再利用ロケットで打ち上げコストを10分の1以下に引き下げ、それが世界中の宇宙スタートアップの爆発的な増加を促している。SpaceXはすでに上場の前段階として公開された決算書類では驚くべき利益率を示している。

月を目指す動機が、もはや「国の威信」だけでなく「ビジネス」になってきた。各企業、儲ける気満々なのだ。


プレイヤーたちのロードマップ早見表

主体直近の目標2030年代の目標
NASA(アルテミス)2026年有人月周回、2027〜28年有人着陸月南極基地「アルテミス・ベースキャンプ」建設
スペースXスターシップでアルテミス3号着陸船を担当月面輸送の主力プレイヤーへ
ブルーオリジンBlue Moonランダーで月南極着陸(2026年)アルテミス5号着陸船を担当
中国(嫦娥計画)嫦娥7号で南極の水氷を探索(2026年)有人月面着陸、南極基地(ILRS)建設開始
中国民間(LandSpace等)再使用ロケットの完成・量産月面輸送市場への参入
JAXA(日本)LUPEX(月極域探査機)打ち上げゲートウェイ参画、日本人宇宙飛行士の月面着陸、HTV-Xによるゲートウェイへの補給
ispace(日本)ミッション3打ち上げ(2026年)月面デリバリーサービスの商業展開

これほど多くのプレイヤーが月を目指すのは、今が「技術と経済性が初めて交差した瞬間」だからだ。アポロ計画は技術の限界に挑む偉業だったが、そこには経済的持続性はなかった。月への定住も実現できなかった。

今回は違う。再使用ロケットがコストを下げ、資源ビジネスの可能性が投資家を動かし、地政学的競争が国家予算を引き出している。ヒューマノイドの開発速度も常軌を逸している。少人数での基地建設・運営が現実味を増している。

三つの力が重なったとき、人類は必ず動く。

月はもう、遠い夢の場所ではない。次のフロンティアなのだ。


参考:NASA Artemis Program、JAXA国際宇宙探査

カテゴリ: 宇宙
この記事を書いた人

Seita Namba

イグナイトbiz 編集長