2026年3月27日、三菱電機がローム・東芝・JIPとの間でパワー半導体事業の統合協議に入ることを正式発表した。プレスリリースの文面は「協議開始に向けた基本合意書の締結」という慎重な書きぶりだが、もし実現すれば日本のパワー半導体産業の構造は大きく変わる。
誰が一緒になろうとしているのか
今回の座組を整理すると、こうなる。
- 三菱電機のパワーデバイス事業(IGBT、SiCパワーモジュールなど産業・鉄道・自動車向けで強い)
- ロームの半導体事業(SiCパワーデバイスで近年シェアを伸ばしている京都のメーカー)
- 東芝デバイス&ストレージの半導体事業(東芝本体から2017年に切り出されたが、MOSFETやIGBTの品揃えは豊富)
ロームと東芝デバイス&ストレージの提携交渉自体は2024年3月から続いていた。そこに三菱電機が加わる形になった。「加わることになりました」という表現がリリースにあるが、三菱の規模感を考えると、主役が一人増えたという表現も微妙だ。そもそも話の性格がだいぶ変わったと見るべきだろう。
なぜ今、この組み合わせか?
各社とも単独では厳しい部分があることだろう。
パワー半導体の世界市場は今、インフィニオン(ドイツ)とオン・セミコンダクター(米国)が特にSiC領域で積極的に投資を続けており、日本勢はまとめて見ても規模で後れをとっている。電動車や再生可能エネルギー向けの需要は実際に増えているが、その恩恵を取り込むには製造能力の増強が必要で、それには相当の設備投資がいる。
2024〜2025年の推計構成比。自動車・電装向けは電動化加速により構成比拡大中。産業機器向けは2024年に中国向け需要が一時低迷したが2025年以降回復見込み。
出所: 富士経済, 矢野経済研究所, 各種市場調査三菱電機のパワーデバイス事業は技術的に評価が高いが、セグメント単独のスケールには限界がある。ロームはSiCで先行投資してきたが、顧客基盤と製品ポートフォリオの幅で三菱や東芝には及ばない。東芝デバイス&ストレージは、そもそも東芝が非上場化した後の事業整理の文脈で位置づけが宙ぶらりんになっている。
それぞれの弱点が、組み合わせることで補えるかもしれない、という話だ。
世界的に見るとどういう意味があるか
インフィニオンの2025年度のパワー半導体売上は約60億ユーロ規模。今回の三社が統合した場合の推定売上は公表されていないが、単純合算でも世界のトップ3に食い込める水準になるとみられている。
TrendForce調査。上位5社でSiCデバイス市場の約92%を占める。2024年以降、EV需要拡大に伴いonsemi・Infineonが急伸中。
出所: TrendForce (2024), セミコンポータル今の売り上げ規模で合算すると、世界第2位の売り上げ規模を持つ連合となる。AI時代の到来でインフラ投資が弾む中、パワー半導体の需要も上がっている。期待が持てる話だ。
シェア数値は複数調査機関(矢野経済・富士経済・Mordor Intelligence等)の推定値を参考にした概算。IGBT・MOSFET・パワーモジュール合算ベース。統合後の三社(三菱+ローム+東芝D&S)は破線で示す。
出所: 矢野経済研究所, 富士経済, 各社IR, 橋本総研 等ただ、規模が大きいことと競争力があることは別の話だ。統合後に研究開発の重複が整理され、製造ラインが効率化され、営業チャネルが一本化されるかどうか。そこが本当の問題で、プレスリリースには当然そこまでは書いていない。
地政学の文脈でいうと、半導体の国産サプライチェーン確保という日本政府の方針とこの統合は方向が合っている。NEDO補助金やその他の政策支援が受けやすくなる可能性はある。ただ、補助金目当てでまとまった統合が長期的に機能した例は多くない。
懸念点を一つだけ挙げると
三社の企業文化はかなり違う。三菱電機は重厚な総合電機メーカー、ロームは京都の独立系メーカーとして創業家色が残る、東芝デバイス&ストレージはここ数年でオーナーが変わり続けた組織だ。製品や技術を統合するより、人と組織を統合するほうが時間がかかる。
リリースには「今後速やかに当事者間で本格的に協議を進める予定」とある。「速やかに」という言葉が何度か出てくるが、このサイズの統合交渉が本当に速く進んだ例はあまりない。競争法のクリアランスも必要で、それだけで1〜2年かかることはザラだ。
現時点でわかること・わからないこと
わかること:
- 三社が統合協議を始めることに合意した
- 三菱電機は2026年3月期連結業績への影響をまだ開示できる段階にない
- 最終契約は別途締結され、その際に改めて開示される
わからないこと:
- 統合の具体的な形態(持ち株会社か、事業譲渡か、合弁か)
- 各事業の評価額
- ロームの筆頭格株主であるデンソー(4.98%保有)がどう動くか
- 東芝デバイス&ストレージのストレージプロダクツ事業が統合対象に含まれるのかどうか
協議が始まったばかりの段階でわかることは限られている。ただ、この座組が実際に動き出したこと自体は、日本のパワー半導体業界にとってこの10年で最も大きな動きの一つだ。続報を待ちたい。
