EUの転換:原発削減は「戦略的ミス」|EU自立の必要性と安保戦略についてフォンデアライエン委員長の発言を追う

「欧州はもはや旧世界秩序の管理者にはなれない」

2026年3月に開催されたEU大使会議において、フォンデアライエン委員長は外交・安全保障政策についての見解を述べた。

また、パリで開催された原子力サミットにおいて、「欧州で原発を減らしたことは戦略的なミスだった」との見解を示した。イラン情勢がもたらすエネルギー価格の高騰やサプライチェーンの寸断は、ルールに基づく国際システムへの期待を打ち砕き続けている。

フォンデアライエン委員長のEUの危機感を表す発言と並行して、EUは現在、防衛力の強化、次世代原発「小型モジュール炉(SMR)」への巨額投資、そして独自の経済圏を拡大する「グローバル・ゲートウェイ」構想を三位一体で推進している。理想主義から「現実的かつ利益主導」へと舵を切ったと言われるEUの最新戦略の全貌をフォンデアライエン委員長の発言から紐解いてみよう。

イラン危機以前から「旧世界秩序」の限界と戦略的ミスがあった

現在進行中のイラン交戦は、エネルギー、金融、貿易、物流などあらゆる分野に深刻な波及効果をもたらしている。キプロスへの攻撃やNATO軍によるドローン撃墜など、欧州はすでに予期せぬ地域紛争に巻き込まれている状態だ。

こうした事態に留まらず、近年のEUは「脅威から国際ルールは守ってくれないし、状況をコントロールできる立場にいない」という厳しい現実に直面している。フォンデアライエン委員長が言及した「欧州で原発を減らしたことは戦略的ミスだった」という発言は、まさにこの現実主義に基づく痛烈な自己批判である。

他国へのエネルギー依存が自国の首を絞めるという教訓から、EUは「欧州の自立(European independence)」という世代を超えた巨大プロジェクトを始動させた。

「欧州の自立」の中核を担う防衛強化と次世代原発(SMR)

「欧州の自立」の柱となるのが、防衛とエネルギーの主権確保である。防衛面では、2030年までに最大8,000億ユーロを見込む投資増額を開始し、カナダやインド、オーストラリアなどとの安全保障パートナーシップを拡大している。

EUは、SMRの設置を2030年代初頭までに実現するため、資金と規制の両面から強力な支援体制を敷いている状態だ。欧州投資銀行(EIB)グループは今後3年間で750億ユーロ以上の融資を提供する。

SMRの主な利点と戦略的意義は以下の通りだ。

  • 初期投資の大幅な抑制:工場で製造可能なモジュール設計により、従来の大型原子炉が抱えていた工期遅延やコスト超過のリスクを低減する。
  • 産業用熱源としての汎用性:電力の供給のみならず、化学、鉄鋼、データセンターなど脱炭素化が急務な産業へのクリーンな熱源として機能する。
  • 脱ロシア・脱化石燃料の実現:EU内および提携国で完結する燃料供給網(サプライチェーン)を構築し、エネルギーの戦略的自律性を確保する。

SMRについて詳しくは以下のリンクの記事を読んでほしい。

EUは2030年代初頭までに最初のSMRを稼働させるというロードマップを敷き、約400の組織が参加する産業アライアンスを通じて、追加拠出など公的資金と民間資本の融合を図っている。

原子力は脱炭素電源であり、データセンターなどの新しい産業を支える重要な要素だと位置づける動きが広がっている。

また、欧州には現在、原子力分野において米国や中国を大きく上回る50万人もの原子力に関わる高度熟練労働者が存在するとされている。

この豊富な人的資源と、「SMRに関する欧州産業アライアンス」(約400組織が参加)によるサプライチェーン構築を組み合わせることで、EUは次世代原子力エネルギーの世界的なハブを目指している。

貿易は「力」。4,000億ユーロ規模のグローバル・ゲートウェイ

自立を達成するためには、孤立するのではなく、特定の供給業者(単一国)への依存を脱却する「多様化(ヘッジ)」が不可欠となる。EUは現在、世界のGDPの約50%を網羅する貿易協定ネットワークを構築しており、メルコスールやインドとの合意、次なるオーストラリアとの交渉など、急速に経済圏を拡大している。

その実践的な強力な武器が「グローバル・ゲートウェイ(Global Gateway)」構想である。

立ち上げから約4年で当初目標の3,000億ユーロを突破し、2027年には4,000億ユーロ規模への拡大が見込まれている。北アフリカのクリーンエネルギー網、ロビト回廊沿いの鉱物処理、インド・中東・欧州経済回廊(IMEC)への投資など、重要原材料やテクノロジーのサプライチェーンを域外のパートナーと構築することで、相互利益を生み出しながらEUの影響力を拡大している。

EUにおける製造業を復活させようとする動きも活発だ。域内生産を増加させるための興味深い政策が次々に打ち出されている。

まとめ

2026年、欧州はかつての理想主義を捨て去るような動きがある。原子力によるエネルギー主権の確立、かつてない規模の防衛費増額、そして利益主導で展開されるグローバルなインフラ投資。これらはすべて「欧州の自立」という単一の目的に向かって収束している。混沌とする多極化世界において、EUが自らの強みを能動的に行使し存在感を高めようとしている。はたして、EUの復権は実現するのだろうか。

参考

・原子力サミットにおけるフォンデアライエン委員長の発言(動画:欧州議会プレスリリースより)

・原子力サミットにおけるフォンデアライエン委員長の発言(欧州議会プレスリリースより)

・EUにおけるクリーンエネルギー投資のQ&A(欧州議会プレスリリースより)

カテゴリ: 国際
この記事を書いた人

Seita Namba

イグナイトbiz 編集長